春秋恋語り


僕が考え込んだので気まずい話題を持ち出したと思ったのか、気持ちを切り替えるように表情を変え 「そういえば」 と疑問を投げかけてきた。
  


「私が病院にいるのが、どうしてわかったんですか」


「騒音かな」


「騒音?」


「電話から聞こえる音、どこかで聞いたことがあると思ったんだ。静かだけどざわめきが聞こえて、街中じゃないし、
店とかレストランでもない。
どこだろうって必死に考えて、病院の待合室だって思い出した」


「先輩の顔を見たとき、どうしてここにいるの? って 混乱して……
私の電話で来てくれたんだって思ったら……」


「迷惑だった?」


「そんなことありません」



大きな声だった。

自分でも思いがけず大きな声が出ていたのだろう、大杉は恥ずかしそうに 「そんなことありません」 ともう一度小さな声で繰り返した。



「父に……ありがとうございました」


「お会いできてよかったよ」


「すみませんでした」



ありがとうと言ったかと思えば、次はすみませんと謝ってくる。

大杉の心が読めず苛立ちを覚えた。



「なにが? なにがすみませんなの? 僕はご挨拶ができて良かったと思ってる」


「あんなこと言ってくれたのは、父を目の前にしたからですよね。
私とお付き合いしてますって、父を安心させるために……」


「そんなつもりで言ったんじゃない!」



今度は僕が大声を出していた。



「どうして君はそんな風に考えるんだ。僕の気持ちを考えたことがあるのか。
前にも言った、大杉がいいって。あのまま別れたくないって言っただろう」


「でも、私……」



うつむき、ひざの上で握った手を見つめながら次の言葉を探っているのか、開きかけては閉じ、閉じては開く唇を
もてあましている。

彼女の立場で考えれば先の発言もわかるのに、僕は自分の思いを押し付けすぎたようだ。



 
「……そうだな、大杉ならそう考えるよな。
だけど、僕に電話をくれたってことは、僕を頼りにした、誰よりも先に思い出してくれたってことじゃないのかな。
大杉の声が元気がなかったから気になった。何かを言いたかったんじゃないのかって、必死で考えた。
居場所が病院だとわかったら、夢中で部屋を飛び出してた。
病院に行っても会えないかもしれないのに、大杉を探すことしか思いつかなかった。
お父さんに言ったのだって、安心させたくて言ったんじゃない。僕が言いたかったから言った」



大杉の迷う唇が開き、何度か動いたのち唇を強く噛み締めると、心を決めたように開かれた。



「嬉しかったんです。先輩が来てくれたのも、父に言ってくれたことも……嬉しかった」


「僕は大杉に頼って欲しいと思ってる。今日みたいに、電話して欲しい。いつでも待ってるから」


「でも……」


「言っただろう、僕は大杉がいいって。好きだから……君のために何かしたいと思う。大杉の気持ちも教えてくれないか」


「……また電話しても、いいんですか」


「いいって言ってるだろう」



ひざの上でまだ拳になっている手に僕の手を重ねると、やっと顔を上げてくれた。

真っ赤な目が僕を見つめ、瞬きをした瞬間涙があふれだした。


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