「同じ空の下で…」

お袋は、狼狽えていた。

親父は、何も言わずにその兄貴のプレートと名刺を手に取ると、ダストボックスに放り投げ、書斎に入り、スーツに着替えて、すぐさま会社へと向かっていった。

俺は…

チャリンコに飛び乗ると、何も口にせずに、朝食を取らずに、学校へ向かったのだった。


────…



「…ふぁ…!」

寝転んだまま、伸びをし、空を見ながら目を静かに閉じた。

昨日、爺ちゃんは空に向かった。

空気になった。

そして、骨だけが残された。

偉業を成し遂げたあの姿を目にすることも…出来なくなった。

俺に『女にうつつを抜かすなど、岡崎家の恥さらしだ』

そう叱咤する事も、無くなった。

威厳のある、人だった。

アメリカに発つ前に、皺だらけの手で俺の手を包み込み、

『己を信じる事、己を愛する事。己を愛する事が出来ぬ者には、他人を愛する事など出来ぬ。まずは、己を知る。今想う相手を生涯の伴侶と決めるのは、それからでも遅くない。その位で駄目になる関係など、その程度の関係なのだ。だが…瞬のお嫁さんも見たいもんだがな。ひ孫も、見たいがな…。まずは、自己を切磋琢磨させてまた日本に戻って来い。』


・・・・そんな言葉を残した。


涙が出ない訳がない。

すがりつくように泣くわけではないが、堪えるなんて出来る筈もない。

泣いた。これ以上泣くって無い位、泣いた。

『お前は男なんだから、泣くんじゃない!』

…幼少の頃に爺ちゃんに言われた言葉を思い出す。

それが余計、泣けて仕方なかった。






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