家庭*恋*師
昔から、頭の回転の早さは自慢だった。勉強においても、子供時代によくした喧嘩にしても、自分の状況をいかに俊敏かつ的確に判断し、そこから次の展開を予想・想定・実行することで自分が有利になることを幼い頃から理解していた。

そしてそれに一番必要なのは、常に自分の状況を認識しておくこと。それを、知っているのに。

「っひ、…ふぁ…」

頭は真っ白。どうやって、こんな状況になったのかさえおぼろげだ。

最後に覚えているのは、皓太朗との会話の端々。あまりに軟派で、誠実さの欠片も感じられないお世辞に、不覚にも反応してしまった後のことだ。

異性から容姿を褒められたり、好意を示されたりするのに免疫が全くないわけではなかった。まだ会って間もない、または一度も話したこともない相手に告白されることだってあった。

だがそれも、自分の性格や動向を知った後には冷め、何も言われなくなる。つまり、すべて上辺の言葉だけ。なので、これほどまでにともに時間を過ごし、しかもこんなに厳しくしている相手からまさか「可愛い」という言葉を聞くなど、想像もしていなかったことだ。

そんなことを考えていると、皓太朗は急に座椅子を回し、反して立っていた南の方へと向く。ちょうど、彼女を後ろの壁と机の横、そして彼の椅子で囲うように。

「そいえば思ったんだけどー、この条件ってアンフェアじゃね?」
「は?」
「ルール厳守、破ったらオレはペナルティ課されるだけで、クリアしてもなんももらえねーんだろ?そんなんじゃやる気も出ねーよ」
「そーいえば…」

思ってもいなかった反論に、口をつぐむ。そういえば、考えてもみなかった。

確かにこの相手には厳しいルールを、と思い設けたもので、実際には彼のための勉強なのでやる気など自分で出せと言いたいところだが、それが公平か不平かを問われてしまえば、真面目な頭は後者を指してしまう。その葛藤で、彼への返答が遅れる。

そこに、つけこまれたのだろうと、今では理解できる。

「だからさ、南ちゃんがやる気にしてよ」
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