星月の君







「で、君たちは信じたのか」

「私は、その」

「信じてないよ。もし本当だったら一発君に女装でもしてもらおうかと思ったが」




 
 何故、と顔をひきつらせた顕季殿に「そりゃあ、友人に秘密にしてたっていうことでさ」と堂々といってのけたそれには、私も顕季殿もきょとんとし、やがて笑ってしまった

 敦忠が恋文談やら恋愛話やな突入し始めたとき、顕季殿も参加してしまったので私は少し逃げよう、と思った。
 どうも人と恋云々の話をするのは苦手なだ。それに敦忠の恋文談ははっきりいっていつも聞いているので興味がわかない。

 酔いを覚ましたいのだが、という申し出に邸の主である顕季殿は「好きにまわってくるといい。これの面倒は私がみる」と熱弁を振るう男に聞こえないように小声でいい、私は苦笑してしまう。


 許可を得たので一人、邸内を歩きながら、ああ、と空をみる。
 今日は星が見える。だが、星月夜とまではいえまい。うっすら雲があるのがわかった。



 ――――星月の君、か。



 幼いころの自分の初恋はあの、少女だったのかもしれない。突然そう思った。
 こうして元服してもなお、思い出すのはあの少女。そして……。

 足を止めて空を眺めていた私だったが、はっとして耳すます。音を控えて吹いているらしい。笛の音が聞こえたのだ。気のせい、ではない。

 噂の、"北の方"か?

 しかし顕季殿は否定していた。北の方はむかえていないはず。ならば――――誰だ。
 好奇心と懐かしさが入り交じるその音は、私にいつもあの少女を、星月の君を思い出させる要因となっている。
 本当に、同じなのだ。
 都と、別邸があるところも、そう、貴族が出入りしていることはわかっている。この音を奏でていたとしても、私の記憶にあるあの少女だとは限らない。そう思っているが、どこかで少しでも可能性があるならと思っている、というのは否定できなかった。





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