星月の君





 はっとして敦忠を見れば、男は気持ち悪いくらいにやにやしていた。






「ねえ行成、顕季の邸に北の方問題で押し掛けた日があっただろう」





 そんなことがあったな、と私は若葉を思い出す。顕季殿に北の方が、というあれだ。
 あの時そう、あの音色の正体がわかったのだ。
 それがどうした、と返せば「知らないとでも?」と。どきりとしたが平然を装った私を、友人はことごとく崩れさせる。






「君、あの時顕季の妹にあったんでしょー。実はあの時、僕らにも笛の音が聞こえてたんだよ」

「っ!?」

「僕は妹さんの笛も顕季の笛も聞いたことがある。で、急に止まった音と、暫く帰ってこなかった君っていうので僕は勘づいた。ほら、君ってば前に話していただろう?昔聞いた懐かしい笛の音があるって」






 ―――話したことがあった。

 元服前の、あの日。幼い少女が奏でていた、あの笛の音。
 そして私は勝手に星姫、星月の君と名付けたあの日。


 あの日から、今噂の星姫……つまり若葉が奏でていた笛の音を聞くまで、私は同じものを聞いたことがなかった。
 文のやりとりで、別邸にいたこともあると私は聞いていた。私が遠出したさいに垣間見したあの女性は、若葉だったのだろう。

 厄介な相手に知られた、と思った。

 じろりと睨んでも効果はないようで「顕季は勘づいてないみたいだけど」といった。それもそうだろう。彼には私の元服前の話をしていない。




「それから僕はこう考えた。思い出の笛の音は、彼女の笛の音と似ているのではないかなあとだから、最近物思いに耽っているのではないかと。どう、似てるんでしょ」




 鋭い。
 隠せないか。いや、隠すだけ無駄かもしれない。この男と私の付き合いは結構長い。部類友人に隠し事?とでも言いたげな、それでいて楽しんでいるような敦忠に若干不安を覚えるが、まあいいだろう。


 持つべきものは、友人である。



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