月下の誓約

 10.魔法が解けた人形



 翌日、敵が完全に撤退した事を確認すると杉森軍は勝ち鬨を上げて国へ凱旋した。

 和成の予想通り、灘元国と浦部国は同盟関係を白紙に戻し、以前にも増して険悪な関係になったという。

 塔矢は城に戻ると紗也の遺体と対面し、情報処理部隊長と慎平から全ての事情を聞かされた。

 泣くでも落ち込むでもなく、意外に平然としている和成を見て余計に危うさを感じ、「くれぐれも変な気は起こすな」と言い聞かせて謹慎を言い渡す。

 心配はしているものの刀を取り上げたりはしなかった。
 それだけ塔矢に信頼されていれば和成がそれを裏切れないというのを知っての事だろう。

 ずるい人だと和成は思ったが、変な気を起こす気力すらすでになかった。

 紗也がいないこの世界に生きる意味など見いだせない。
 早く刑が確定して紗也の元へ行きたかった。

 君主の不在を他国に知られるわけにはいかないので、紗也の葬儀は城内だけで密かに執り行われた。
 元々紗也は、対外的には君主ではなく姫として認識されている。

 先代の時も内密にしてあるので、内乱があるわけでもなく国が回っていたため他国には先代の不在すら知られていなかった。

 君主不在となった杉森国はどうなるのだろうと思っていたら、どうにもならない。
 何の変わりもなく国は維持されている。

 紗也は政治について学び始めたばかりで、先代亡き後先代からの臣下たちが紗也の代理で政治を行ってきたからだ。

 紗也の存在価値があまりにも希薄な事を改めて思い知らされ、いつか愚痴をこぼした紗也の事を和成は思い出した。

 二十歳にも満たない若さで命を落とし、君主となった後幸せだった時が少しでもあったのだろうか。

 和成には紗也が不憫に思えてならなかった。

< 596 / 623 >

この作品をシェア

pagetop