あの頃…
どちらが口を開くわけでもなく、時間が流れていく

二人の間にあるのは、人が入ることは難しい距離

でも、それを詰めることはどちらもしない

今は、まだ

「…黒崎先生」

口を開いたのはしるふの方だ

気配で海斗が応じるのが分かる

「私、内科での研修が終わったら違う病院に行くんです」

そしたら今までのように海斗と会えなくなる

塔矢が「黒崎に」と言って渡してくれる資料を届けることも

院内を歩く海斗の後姿を見送ることも

そっと覗いた屋上にその姿を見つけることも

少しの間できなくなる

「…私、研修終わったら絶対黒崎病院に戻ってきます」

だから

それまで海斗はここで医者でいてくれるだろうか

しるふが戻ってくるのを待っていてくれるだろうか

それだけの力が自分にあるだろうか

「…だから」

見つめるのは膝の上で握った手

いつものように口から言葉が出てくれないのは、それが心から望むことだから
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