Bloom ─ブルーム─
「……はい」

やっぱり、この人を目の前にすると、こんな返事しか出来ない。

山本先輩みたいな決め台詞なんか思いつかないし。

杏奈みたいに開き直る強さも、直人みたいな粘り強さも、まるでない。

真夏なのに、夜風はひんやりと私の肌を撫でる。

毛穴に入り込んで、私の心まで、冷たい風が吹き抜けた気がした。

「先輩、もう、いいんですよ?」

私は、多分やり場に困ってるであろう先輩のミサンガをほどこうとした。

私が取ってあげないと、きっと優しいこの人は、自分から外すなんてこと出来ないんだ。





──ガッシャーンッ





けれど。

自転車の倒れた音が、静まり返ったそこでやけに大きく響いた瞬間。


なぜか、私は大樹先輩の腕の中にいた。



「せん……ぱい?」



まだ、ミサンガ外せてないのに。

何?コレ。

先輩の胸に埋められた私の頭は、大パニック。

トクトクトク……速い鼓動が目の前で響いてる。

私の心臓と同じくらいの、トクトクトク。

「里花が、幸せになるオマジナイ」

私の頭上で囁く先輩の声が、掠れてた。

たった数秒。

先輩の温もりを感じてどうすることもできずにいた私は、また先輩の勝手な判断で開放され。

倒れた自転車を戻して走り去ってく後ろ姿を、立ち尽くしたまま見てるしかできなかった。

なんで、こんなことするの?

余計に忘れられなくなるじゃない。

温もりを知ってしまったら、もっと恋しくなってしまう。





紺色に染まり始めた庭で、視界の片隅に入り込む鮮やかな黄色が、妙に眩しく感じられた。





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