弁護士先生と恋する事務員

 誘惑



「詩織…」



サワサワと夜風に葉を揺らす木の下で

私をじっと見つめる先生が

ため息みたいな声で私を呼んだ。


ドキン……



「詩織」



もう一度、先生が私を呼ぶ。


ドキン……


名前を呼ばれる度に

私の鼓動は跳ね上がる。



「どう…したんですか、センセイ…」



先生の声は、何かを確認するように

私の名前を繰り返す。



「詩織」



向かいあった先生の右手が、私の頬に触れた。


(――!)


ビリビリと電気が走ったみたいに、全身が痺れ出す。






「―――奪いたい、って言ったらどうする」




「え?」



木々が、ざわめいた。



(ウバイタイッテイッタラドウスル?)


先生の言葉は、私の頭の中でその意味を変換できずに、音声だけになる。



「たとえ、お前を傷つけることになっても



奪いたいって言ったら―――」



ズキン。


心臓が跳ねて痛みを感じるほど。


先生の言葉の意味はわからないけれど、


その眼差しや愁いを帯びた睫毛

聞いた事もないような声のトーンで



『――もしかしたら、私は今


先生に口説かれているのかもしれない――』



確信めいた思いに戸惑ってしまう。



口説く?先生が?どうして。

わからない。だけどこれだけは確かな事。



いつもは呆れるぐらいに自然体の先生が、

今、全身から大人の色気をほとばしらせている。



とろけるような眼差しも

私に触れる熱い手も。


意味ありげに薄く開いた唇も、

低く、体の奥に響くような甘い声も。




ズルイ、先生って

こんな顔もできるんだ―――



先生の両手が、私の頬を包んだ。


ゆっくりと上を向かされると、目の前に先生の顔があった。



(―――キス、しようとしてる…?)


 
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