弁護士先生と恋する事務員


「―――――」


駆けあがった先にあったのは、暗い廊下の静寂だけ。

尊君の姿は影も形もなかった。



「いませんね。」


「…………」


しばらく二人は乱れた呼吸を整えながら、しばし呆然とたたずんでいた。


カツッ、カツッ、カツッ


馬の蹄(ヒズメ)みたいな音を立てて、パンダが階段を上ってきた。


鼻先で床をクンクンと嗅ぎ周り、事務所のドアの前でひときわウロウロと行き来すると


「ワンッ!」


ついて来て、とでもいうように私たちを振りかえり一声鳴いて

商店街の道を戻り始めた。


何かを感じたのだろう。


私たちはいつの間にか、パンダの行き先に確信を覚えていた。


~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


そこは、私が酔っ払ってしまった時、先生に介抱してもらった川沿いの道。


夜空の月を水面に映して、静かに流れていく川の手前に

膝を抱えてちょこんと座る小さな影があった。



(―――いた!)



私たちはゆっくりとその陰に近づいて、その両側に腰を下ろした。



「―――っ!!」



尊君は驚いた顔で私たちを見ると、くしゃりと顔を歪めて自分の膝の上に顔をうずめた。



「せっかく事務所に来てくれたのに、いなくてごめんな。」



先生が優しく声をかけると、微かにしゃくりあげる声をもらしながら尊君は左右に首を振った。



「あいつらから財布とスマホ、取り返してやったぞ。」


先生は尊君の後頭部を大きな手でぐしゃぐしゃと撫でると


「だけど、あんな奴らとツルんでたお前も悪い。」


そう言って、ゴツンとゲンコツをくらわせた。



「もう近寄るなよ?」


先生がまた優しく諭すような声でそう言うと、さっきより嗚咽を漏らししゃくりあげながら、尊君はうんうんと頷いた。




銀河の果てまで見渡せそうな夜だった。



川の水が流れる音が、熱帯夜を優しく冷ましていく―――

 
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