弁護士先生と恋する事務員


「皆さんこんにちは。あら、すごくきれいなバラね。私バラって大好き。」


いつものように颯爽とヒールを鳴らして芹沢先生が入ってきた。

つかつかと剣淵先生に近づき、隣にスッと立つ。



「光太郎…」


「ああ。」



最近では人目もはばからずに光太郎と呼ぶようになっていた。

芹沢先生は剣淵先生に何かを促すように目で合図をした。



(なんだろう…。まさかもう結婚の報告だなんて事…)



祝福できる人になろうと思ったばかりなのに、

心臓は正直に早鐘を打つ。



「んじゃあ、みんなに報告だ。

芹沢先生との案件も昨日で無事に終わりました。

今日でここへ来るのも最後なんで、先生から一言挨拶を。」


「皆さん、突然押し掛けてきて光太郎先生をお借りしてすみませんでした。

皆さんにもいろいろ忙しい思いをさせてしまったと思います。

おかげさまで無事に仕事を終えたので、私は事務所に帰ることにします。

いろいろお世話になりました。」


爽やかに挨拶をして頭を下げる芹沢先生。



(最後の挨拶だったんだ…)



「やっと帰ってくれるのね…」


小声で安堵の言葉をもらす柴田さん。


「柴田さん。」

「は、はい!」


芹沢先生にいきなり呼ばれて、柴田さんの肩が跳ね上がった。


「いろいろ無理言ってごめんなさいね。よくやってくれてありがとう。」

「えっ、そんな…」


思いがけず素直に労われて、柴田さんがポッと頬を染める。


「安城先生。」

「はい。」

「またお仕事で顔を合わせる事もあると思いますので、どうぞよろしくね。」

「こちらこそ。」


「伊藤さん。」

「は、はい…」


芹沢先生は、大きくてキラキラ輝く瞳で私をじっと見つめると


「今度、伊藤さんの手料理、食べさせてほしいわ。」


うふ、という感じで笑った芹沢先生は、大人の女性というより無邪気な少女のようだった。


(ああ、なんだかすごく魅力的なヒトだな…)


美人でたおやかかと思えば男の人と肩を並べて仕事の鬼になったり。


人使いが荒くて辟易するけれど、一瞬で素直になって相手のふところに飛び込んでくるようなアンバランスさを持ち合わせていて。


(先生が惹かれるのも無理はないよ)


「はい、私の作った料理でよければ、ぜひ食べに来てください。」


私の言葉にニコッとほほ笑むと、

「それじゃ」といって芹沢先生はまた颯爽と帰っていった。


これから事務所に戻って、仕事の鬼になるのだろう。



「やれやれ、なんだか気が抜けちゃったわ。」


と、柴田さん。


「いい女ですね、彼女。」


「あら!安城先生はうちの婿さんに入ってもらう予定なんですから、浮気しちゃダメよ。」


「う…?」


タジタジする安城先生が珍しくて笑ってしまった。



事務所にまた、平穏な日常が戻ってくる―――

 
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