弁護士先生と恋する事務員
その日の夜。

買い物を済ませ20時に帰宅した私は、カバンからテキストを取り出そうとして事務所に忘れてきた事に気がついた。


(ああーん… せっかく週末に勉強しようと思ってたのに…)


法律の勉強はコツコツと続けている。

今週末は特に用事がないから、本格的にテキストを読みこんでみようと思っていたのだ。

事務所までは徒歩で15分程度。


(事務所の鍵は持ってるし… しょうがない、取りに行くか。)


私は重い腰を上げ、今来た道を引き返し事務所へと向かった。


~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


外からよつばビルの窓を見上げると、仄暗く灯りが漏れている。


(まだ誰か残っているのかな?)


私が帰る時には、先生二人が残業していたけれど。


事務所のドアノブをまわすと、案の定施錠されておらずくるりと回った。


「伊藤でーす…忘れ物を取りに来ましたぁ」


一応声をかけながらうす暗い室内に入ると
剣淵先生が、デスクに突っ伏していた。

そっと近づくと、規則的に上下する背中と静かな寝息が聞こえた。


(寝ちゃってる… こんな所で。)


「先生… おーい先生、風邪引きますよ?」


肩をトントンと叩いて声をかけても、熟睡しているのか一向に起きる気配がない。


「先生……」


(どうしよう、困ったなあ…)


いくら夏の陽気になったとはいえ、夜になるとまだまだ冷え込む時期だ。

それにこんな所で何時間も眠ったら、体は痛むし疲れは取れないだろう。

だけど――


(お仕事忙しいから、疲れてるんだな。)


私は、冷房対策で事務所に置いているブランケットを持ってきて、先生の肩にふわりとかけた。


(少しの間、寝かせておいてあげよう…。)


そう思った時、机にうつぶせる先生の右手に、何かが握られている事に気づいた。


(メッセージカード……)


それは花束に添えられていたメッセージカードだ。
ちらりと目に入ったそれには、丁寧に書かれた文字が並んでいる。


(大事そうに握りしめちゃって―――。そんなに、嬉しいものなのかな…)


私は、先生が握るカードに、そっとそっと手を伸ばした。


(プロポーズする…なんて、軽く言わないでよ…)


その時―――


バシッと勢いよく、手首を掴まれた。


「………っ!?」


眠っていたはずの先生が、ムクリと起き上がって私に言った。


「詩織…。詩織の作ったカレイの煮つけ…食わせてくれよ。」


「は……はい!?」



「カレイの煮つけ、俺に作ってよ。」





―――こんなに無垢な瞳で見つめられて、断れる人なんているんだろうか。




先生の瞳は、子犬のように真っ直ぐ私を見つめていた。




*『うちのセンセイ』[2]紫のバラの人 /おしまい*
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