弁護士先生と恋する事務員

午後。


事務所の電話が鳴った。


「はい、剣淵光太郎法律事務所です。」


受話器の向こうから、か細い女の人の声が聞こえてきた。


「あの……私、神原瑶子と申します。剣淵先生にお繋ぎ願えますでしょうか…」


(尊君のお母さんだ――)


「少々お待ちくださいませ。」


先生に電話を繋ぐとしばらくなにやら話しこんでいたが、難しい顔をして電話を切った。


(何かあったんだろうか…)


どうも胸騒ぎがする。

ちょうど3時だったから、私は緑茶を入れて『福留屋』のわらびもちと一緒にそれぞれの机に運んだ。


「先生、さっきの電話は――?」


さりげなくそう聞くと、思いもよらない言葉を先生の口から聞く事になった。


「ああ、あれか。」


先生は緑茶を一口、こくりと飲むと



「神原さんが、離婚はしない事にしたと」



「えっ―――」



絶句する私に気づかないように


「まあ、良かったんじゃねえか、丸く収まって。」


簡単に言って話を終わらせようとする先生。


「だって、尊君の気持ちは―――」

「こればっかりは俺たちが決めることじゃないからな。依頼主が依頼を取り下げるっつーんだからどうこう言うことじゃねえだろ。」

「そんなっ―――」


それがちゃんと話しあった結果だったら、丸く収まったと言ってもいいだろう。

だけど、長年独裁者のように家庭を支配してきた夫が
こんなに短期間で急にものわかりの良い夫に変われるものだろうか。

どう考えても、瑶子さんが言いくるめられたとしか思えない。


呆然とする私とは対照的に、先生はスイッチを切り替えたように仕事に集中している。


(先生は、なんとも思わないの!?)



張りつめた顔で一人、ここへやって来た尊君の姿が


頭から離れなかった―――

 
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