弁護士先生と恋する事務員

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「息子は末っ子だからね、ちょっと甘やかしたのが悪かったんだねぇ。だからあんな気の強い嫁もらっちゃってさあ。」


「息子さんは末っ子なんですか。末っ子は目に入れても痛くないほど可愛いって言いますもんね。」


「そうなんだよ、昔っから気が弱くて甘えん坊で。この年になっても心配で目が離せないんだよ、アハハハハ。」


裁判を起こす、起こさないに関わらず、法律相談には通常相談料をいただくのだけれど、こういうケースはもちろんタダだ。


愚痴を聞いているうちに、私の仕事がどんどんたまっていって焦る事も正直、しょっちゅうあるけれど。


『ここは町の法律事務所。地域に根ざした事務所でありたい』


っていう先生の考えから、地域住人の愚痴を聞くのも立派なお仕事の一つなのです。


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「ああ、あなたに話し聞いてもらってすっきりしたわ!」

「何かあったら、またお話聞かせてくださいね。」

「まあまあ、あなたは優しいお嬢さんだこと。うちの嫁にほしかったわ。」

「お嫁さんも本当は、おばあちゃんと仲良くしたいと思ってるはずですよ。」

「そうかい…?」


グスンと涙を浮かべて、おばあさんはありがとうと言いながら帰っていった。


(良かった、少しは気が晴れたみたいで。)



『お前はさあ、こう、見るからにニコニコして感じがいい、ってタイプじゃねえけど、なーんていうかなあ…真心を感じるっつーか…

話しているうちに、この人なら信頼できるって気持ちになるよ。』


昨日先生が言ってくれた言葉は、どんなに酔っていてもしっかりと心に刻まれている。

先生の思いを裏切らないようにもっと頑張らなくちゃ。


「うしっ!」


小さくガッツポーズで気合を入れて、振り返ると―――




――先生が自分のデスクから、私をじっと見つめていた。


ひどく優しい、そして少し切ない表情で。





ドキン!!


不意打ちを食らって心臓が跳ねる。


(ど、どうしてそんな顔で……)


慌ててメガネを人差し指で持ち上げると、

「ト、トイレ行ってきまあす…」

私はトイレに逃げ込んだのだった―――
 
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