弁護士先生と恋する事務員


ドン!!


ドアから一歩踏み出した途端、誰かにぶつかって


「あ…すみませ―――」


見ると、それは剣淵先生だった。


「お、大丈夫か詩織。」

「先生でしたか。ファンデーション、つかなかったかな」


慌てて先生のスーツの胸を手で払う。


「大丈夫だろ。そんなに叩かなくても何でもねえよ。」

「いえ、後でシミになったら大変ですから、きちんと払っておかないと…」


真剣にパンパン、と生地を叩いて粉を払っていると


後頭部にふわっとした何かが触れて数秒後

それが先生の大きな手だって事がわかった。


「――え?」


背の高い先生を見上げると、先生は優しい顔で笑っていた。


「いつも一生懸命だなあ、お前は。」


そう言って、私の後ろ頭を数回撫でると


「俺、これから打ち合わせ行ってくる。昼に戻るから、事務所よろしくな。」


そう言って、手をビシッとナナメに立ててよろしくのポーズを取り
笑いながら階段を下りて行く。


「あ……行ってらっしゃい!」


大きな声で見送ると、階段の下から


「おう、行ってくる!」


そんな声が届いた。



――ふふふ。


(……今のやりとり、ちょっと新婚さんみたいじゃない?)


思わずニヤけてしまう顔を手で隠す。



ジージージー……


いつの間にか鳴き始めた蝉の声が

風に乗って私しかいない廊下に流れ込んでくる。




もしも。


もしも私が、もっとキレイになったら


先生は私を見てくれる…かなあ。



ジージージー……


大丈夫大丈夫。


蝉の声は、私を応援してくれるように


ボリュームを上げて鳴き続けた。

 
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