弁護士先生と恋する事務員


「先生と詩織ちゃんってほんと、仲いいわよね。先生、詩織ちゃんの事かわいくてしょうがないんでしょう。」


柴田さんが冷やかすようにそう言った。


「い、いやだなあ、柴田さん。先生は誰とでも仲がいいんですよ。」


私は慌てて否定したけれど、先生はニコニコとただ笑っているだけだった。


~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


残った料理をつまんでいるうちに、いつの間にか向かいに座っていた柴田さんも安城先生も席をはずし、私と先生二人だけになっていた。


キッチンからは賑やかに洗い物をする声が聞こえてくる。


今までの騒がしさが落ち着くと、二人の周りだけが急にシンとした空気に包まれた気がした。


「先生、飲んでますか?次何にします?ワインにしますか。」

「あー、そろそろおひらきだろう。もういい。」


先生はそう言うと、ふうーと大きくため息をつきながら、目を閉じてソファーの背にもたれかかった。


長い睫毛が、暖かみのあるダウンライトの光を受けて頬に影を落している。


「お疲れですよね、大丈夫ですか?」


また、先生に気を使わせて疲れさせてしまったんだろうか。
この前も、次の日元気がなかったし。


「いや、疲れたんじゃねえよ。やっと少しだけ、落ちついたのかなと思って…」

「え?」


先生の言葉の意味がわからず、聞き返す。


「…ずーっと、余裕なんかなかったからなあ。」


先生は独り言を言うみたいに呟いた。

私は隣で、黙って先生の言葉を聞いていた。


「弁護士になるまでも、なってからも、独立してからはさらに…とにかく必死だった。」


先生はいままでの事を振り返って、感慨にふけっているようだった。


「少しはカタチになってきたのかな。なあ、詩織。」


先生は、私に向かって、ふっと笑みをこぼしながらそう言った。


(マイペースにやっているように見えるけど、先生は先生なりにずっと必死に頑張ってきたんだなぁ)


当たり前の事だけれど、弁護士になるって事も、続けていくことも大変なことなんだ。

先生はいつも明るくて軽い調子だから、その大変ささえ少し見逃していた。


「先生は、すごく頑張ってますよ。この町の人も、みんな先生の事頼りにしてるし。この事務所だって、すっかりここに定着してると思います!」

「ははは、そうか?お前は優しいなあ。」


先生は嬉しそうに笑って、私の頭を撫でた。



『コータロー先生はどうして結婚しないんですか?』



博愛主義とか、遊んでいたとかそんな事じゃなく

もしかしたら先生は結婚なんて事を考える余裕もなく

今までがむしゃらに頑張ってきたんじゃないかな。



ぼんやりと事務所の中を眺めながら物思いにふける先生の横顔を見て


私はそう感じていた―――

 
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