たなごころ―[Berry's版(改)]

 雨に打たれ続け冷えたせいなのか、心に負った傷のせいたのか。原因は何にせよ、ままならない笑実の足は主の指示に従うことはなかった。踏み出そうと力を入れたはずの右膝は、笑実の体重を支えることができず崩れ落ちる。何かに捕まろうと本能的に伸ばした笑実の手は、目の前にいる男性の胸元へと目標を定める。男性が動かなければ、笑実の手は確実に目標を捉えていたはずであった。
 しかし……。

「っうわ!」
「きゃっ!」

 笑実の手が目標に辿り着くことはなく、コンクリートへと叩きつけられる。男性が一歩後退したためだった。支えを失った笑実の身体は砂のように崩れ落ちる。地面に出来た水溜まりへ両膝を強かに叩きつけて。
 笑実の顔や服に、遠慮することなく泥水が跳ねた。鈍く痛む両膝。水溜まりに映る自身の姿。
 化粧は剥がれ落ち、セミロングの髪はセットされた跡形もなく乱れている。
 数日振り、愛しい恋人に会う予定だった。数時間前までは、時計を何度も眺めては、帰宅時時刻を指折り数え楽しみにしていたはずだった。目の前に見えるこの惨め女は誰なのか。視界が薄い膜で覆われた様にボヤけてゆく。握りしめた甲の上に、雨粒とは違う雫が跳ねた。
 この上なく、笑実は自身の惨めさを感じる。
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