たなごころ―[Berry's版(改)]
「お前の顔は二度と見たくない。無駄な努力はやめてくれ。迷惑だ」

 箕浪によって、乱暴に閉められたドアとは反対に。車は鈴音を残し、静かに滑り出した。

 ※※※※※※

 走り出した車内は、酷く静かだった。眩暈の治まってきた笑実の顔に、色が戻り始める。横目で、その様子を伺っていた箕浪は。笑実に気付かれないよう、安堵のため息を零していた。額には、未だに手を当てたままに、笑実は謝罪する。

「すみません。ご迷惑おかけして。彼女にも、申し訳ないことを」
「構わない。どうせ、関わり合いたくなかったから」
「ああ。冷たくあしらってましたもんね。駄目ですよ。綺麗な女性には優しく接しないと」
「……」
「あんなにアプローチを受けていて。何が不満なんですか」

 刃物のように鋭い視線を向けられ、笑実は息を飲む。失言だったと自分を責めながらも。だが、箕浪の次の言葉は、笑実に更なる衝撃を与える。

「彼女は。鈴音は。俺を一度捨てた女だ」

 ――今から、耳を塞いでも遅いだろうが。箕浪の台詞を、笑実はどうにかして聞かなかったことには出来ないだろうかと。再び眩暈を起こしそうな悩みを抱えることになっていた。



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