たなごころ―[Berry's版(改)]
 上半身が密着しているのは、箕浪が強く抱きしめているからであってもちろんだが。箕浪の両足で囲うように、笑実は腰を下ろしていた。辛うじて、臀部は床に落ち着いているものの。その両足は箕浪の右太腿の上にある。
 鼻を掠めるのは、先ほどまで感じていた慣れた本の匂いでもなかった。笑実の首筋から香るのは、甘い蜜のようなモノ。鈴音から漂う、人工的で息を詰まらせるような甘さではない。とろりと、感情を急き立てられるような五感を刺激する官能的な香りだ。

「箕浪さん、どうしたんですか?」

 一向に返事をしない箕浪を不振に思い。笑実は彼に問うた。
 箕浪の耳介を撫でるように通り抜けた笑実の声、息。箕浪の思考が停止した瞬間だった。真っ白なキャンパスのように。

 困惑の表情を浮かべる笑実の頬に右手を添え。笑実の顔が自身から逃れられぬよう僅かな力を込めて。少しだけ開かれた笑実の唇に、誘われるよう。箕浪は自身の唇を重ねた。
 一瞬触れた互いの唇。感触を楽しむ余裕もなく、それは離れる。これ以上にないほど眸を見開いた笑実の顔を前に、箕浪の思考が復活を遂げた。見る間に、箕浪の眸も大きく見開かれる。数秒。互いを見つめていただろうか。先に行動を起こしたのは、箕浪の方であった。それまで強く抱きしめていた笑実を、一瞬で手放したのだ。両手を笑実の目の前で翳して。
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