たなごころ―[Berry's版(改)]
14.掌で感じる鼓動
 この世に生を受け、自我が芽生え始めた頃から。箕浪は常に他人の視線を感じながら生きてきた。
 小さな小売店から始まり、様々な異業種へ手を伸ばした結果。有数の株式会社とし成長した『わにぶち』。曽祖父が礎を築き、祖父と父が必死に大きくしてきた『わにぶち』。箕浪は、その歴史ある『わにぶち』の、云わば跡取り息子である。
 従兄弟にあたる喜多の父は、箕浪の父の弟に当たる人だ。本来ならば、箕浪の父と共に『わにぶち』を支えるべき人間であるのだが。彼は、会社経営に興味を示さなかった。それどころか、上級階級独特の駆け引きや人付き合いを嫌い、芸術の世界に身を投じていた。
 視線を感じる生活、常に他人を意識する生活を。箕浪は疑問に思ったこともなかった。彼にとって、それが当たり前の世界だったから。苦痛に感じることもなかった。――あの時までは。

 込み上げる嘔吐感が、未だに燻ってはいるものの。眩暈は随分と治まってきていた。箕浪は、ベンチに臥床したまま眸を開ける。飛び込んできたのは、濃いブラウンで彩られた世界。慣れないカチューシャを外し、額に自身の腕を置いて。箕浪は大きく息を吐いた。
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