シュガーレスキス
「……」

 何も答えないで聡彦を振り返った。
 すると、彼はスタスタと私のいる場所まで歩いてきて、ふっと額に手をあてて熱がすっかり引いたのを確認した。
 企画にいる時は常にこういう表情なのかもしれないけど、優しい目でちょっと微笑んで頭を一つポンッと軽く叩いた。
 何か言うのかと思ったけど、別に何も言わないで彼はそのまま仕事に戻ってしまい、私は何だか夢でも見ているのかと思ってしまった。

 彼なりに相当私の具合は心配だったみたいで、その日は仕事中にも何回かメールが入って、体調が悪かったら速攻連絡をしろと書いてあった。
 相変わらず命令口調だったけど、そこに彼の不器用な愛情表現を感じたから私は素直に嬉しくなった。

「菜恵、舘さんちゃんと送ってくれた?いきなり“今日は一緒じゃないの”とか声かけられて驚いたよ」

 聡彦が沙紀を呼び止めて、私が何で一緒じゃないのかと聞いてきたから、具合が悪くて寝ている事を素直に教えたらしい。

「うん。何か、別人みたいに優しかった。一応彼は私とは普通に付き合ってるつもりだったみたいだよ」

 病気にならないと彼の本心が分からなかったと思うと、インフルエンザに多少感謝をしなきゃいけない。
 そうじゃなければ私達は意地を張り合って別れていた可能性が高い。

「そうか、なら良かった。でもさ、彼が社用車で菜恵を送ったのバレバレで、社内でかなり噂になってきてるよ。特に彼が絶大に人気を誇っているという企画の女性達は、菜恵の事よく思ってないみたいだから、気をつけて」

「そうか。でも気をつけようがないんだけど」

 私も困って、そんな言葉しか出てこない。
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