あの夏の季節が僕に未来をくれた
「俺さ、医者になりたいんだ」


そう佐伯は言った。


誰にも言ったことないから内緒な?なんて嬉しい言葉を付け加えて。


幼い頃、彼は病弱だったらしい。


今では健康そのものに見える佐伯にもそんな頃があったのかと不思議な気分だった。


病院で励ましたり元気付けてくれたり、時には怒ってくれた小児科の先生を、とても好きだったんだと佐伯は言った。


だから自分もあんな風に病気の子供に希望を与えたいとも。


病気……というフレーズに、俺は少なからず動揺した。


佐伯と弟を一瞬だけ重ね合わせて、頭から振り払う。


あいつに僻んで嫉妬して、大切だったくせに忘れようとしている自分が責められているような気持ちになったからだ。


佐伯は傍に希望を与えてくれる存在がいて、その後を追いかけようとしている。


それが希望になって体も元気になっていったのかもしれない。


けれど弟にはそんな相手がいなかった。


追いかけるどころかいつも周りに気を遣って、笑いたくない時も笑って……


友達にも……親にも……俺にさえも……


そんなあいつを見て人気者で羨ましいなんて……


そんな風に思ってた自分が情けなかった。


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