君だけの星へ

"小さな"事件



『生きることで、苦しむことで、過ちを犯すことで、身を危険にさらすことで、与えることで、愛することで、私は生き延びている。』


            アナイス・ニン



   ◇ ◇ ◇



その日は、朝から雨が降り続いていた。



「桐生さん、こんにちはー」



玄関に入ってきた彼へ、いつものようにそう声をかける。

桐生さんは傘を閉じながら、「あー」とひとことだけ呟いた。

そんな彼の様子に、思わず目を瞬かせる。



「もしかして桐生さん、具合悪いんですか?」

「は?」

「だってなんか、顔色悪いし……」



見上げた顔はいつもより血の気がなく、無意識なのか眉を寄せていて。

大丈夫ですか? と訊ねるわたしに、彼はひたいを片手でおさえながらこたえる。



「大丈夫だ。……雨の日は、いつも調子が出ないだけ」

「……いつも?」

「ああ。だから、気にしなくていい」



そう言って、桐生さんは足早にわたしの部屋へと向かう。

なんだかそれも強がっているだけのような気がして、わたしは未だ心配しながら、その背中の後に続いた。
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