冷徹上司のギャップに振り回されています
「あ、あの、『ウチ』って……どんな職場で……」
「税理士事務所をやってる」
「ぜっ……!?」
 
税理士!? この人、そういう仕事してる人なの!?
 
真顔で嘘でも吐いて、煩い私を追っ払おうとでもしてるのかも……と、少し頭を過った。
それこそ、私を騙したまま、いかがわしいお店にスタッフとして連れて行くんじゃないか、なんて。
 
『税理士事務所』の単語に絶句した私に、彼はそれ以上何も言わず、ただ黙って試すような視線を注ぐ。
私は、心を少し落ち着かせてから、彼をもう一度よく見た。

第一印象って意外に当たるものだし、この人に気品を感じた勘は間違ってないはず。
 
その自分の直感を信じて、恐る恐る返答する。

「……ほ、本当に……いいんですか?」
 
だけど、やっぱりほんの少し、疑いの目を向けてしまう。
すると、思い切り面倒くさそうな顔を一瞬覗かせた彼が、嫌味交じりに答えた。

「一般事務の経験はあるんだろ。まぁ、新たに覚えることがほとんどだろうが、そのしつこさなら、少々のことでは音をあげたりしないよな。すぐに辞められても困る」
 
なんで私の職歴を……!
 
驚いて目を剥いたけど、冷静に考えれば、さっき勢いで履歴書を見せつけたのは自分だということに気づく。
 
普通、あんなふうに経歴や個人情報を簡単に晒すだなんて言語道断、と反省するところ。
けれど、今回に限っては結果オーライと思うことにしよう。

「辞めません……! どれだけ冷たくされたって、掴んだチャンスは逃しませんよ!」
 
安定した仕事に就けた! とりあえずは生活していける!

不意に決まった就職に、暑苦しく感謝を伝えて彼の手を取った。

「ちっ。本当、面倒なヤツに当たったな……」
 
自分の世界に入りかけた私の耳に、ぼそりと小さな声が届いた気がして聞き返す。

「え? なにか言いました?」
「明日、八時半にここに来い。服装はスーツ。化粧は……もう少し控えめで。以上」
 
人の顔をジロジロと見ては、フイと顔を逸らして淡々と言い放つ。
そして、手早く内ポケットから名刺を取り出し、それを私に押し付けると、彼は颯爽と人混みに紛れて行ってしまった。

「化粧、控えめって……」
 
彼の背中が見えなくなった方向を見つめ、頬を膨らませて漏らす。
 
確かに、今日はそういうお店に行く心づもりでいたから、化粧は濃いめだけど! 
普段はこんなんじゃないんだから!
 
そんな言い訳を心中でしながら、視線を手元の名刺に移した。

「東海林税理士事務所……東海林充」
 
煌々と光るネオンの下で、彼の名前を口にする。

私はその名刺を握りしめたまま、意気込むように前を向いた。
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