黄昏に香る音色
ダブルケイ
二軒目のBARを出て、みんなと別れると、

恵子は、最終近くの駅へと、向かっていた。

タクシーの川の向こうに、駅が見えた。

信号は赤。

もう12時前だというのに、

人は多い。

一番前で待っている恵子の横に、

誰かが立ってた。

恵子は反射的に、ちらっと隣を見た。

視線は下にしていたから、

見えたのは、手元だけだった。

楽器ケース。

恵子が、視線を上げた瞬間……信号は変わった。

動き出す人達。

楽器ケースを持った男は、真っ先に歩き出す。

黒いスーツの後ろ姿。

恵子は、歩き出すタイミングを失い、止まってしまう。

人々が、恵子を追い越していく。


「あ…」

恵子の動きは、完璧に止まった。

交差点の途中、

楽器ケースを持った男は振り返り、

恵子を見ていた。

2人の動きが止まる。

それは、ほんの数秒のことだろう。

男はただ…頭を下げると、すぐに歩きだした。

恵子は、そんな男をしばらく黙って、見送ってしまった。



信号が変わった。

渡れなかった恵子の前を、タクシーの群が、次々と通り過ぎていった。

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