あの加藤とあの課長
「お前、相変わらず丸め込むの上手いなぁ。」



その言葉に恵也を振り返ると、恵也は両手をスーツのポケットに突っ込んで、俯いて微笑んでいた。

ふと、影が重なった。



「人聞きの悪い…!」

「冗談や。まぁ何にせよ、陽萌に何もなくって安心したわ。」



顔を上げた恵也の瞳はまるで、愛しさに溢れているようで。

ギュッと胸が締め付けられた。



「ありがとね…。」



そんな恵也を直視できずに目を反らして言うと、恵也は階段を上って来た。



「決めたのは俺や、陽萌を守るってな。」



追い抜き様に、私の頭を軽く撫でる。

(恵也だ…。)


懐かしさが込み上げてきて、心が揺さぶられる。そんなはずないのに。


私は源だけが好きなのに。


初めて好きになった人。

私たちは、互いに想い合ったまま、違う道を歩んでしまったから。



「恵也…!」



段上を見上げたけれど、そこにはもう、恵也の姿はなかった。

もしそこに、恵也がいたら…、私はどうしていたんだろう。


もしかしたら、別れてしまった道を、1つにしようとしてしまったかもしれない。



「…なんで…。」



完全に自分を、見失ってしまっていた。
< 293 / 474 >

この作品をシェア

pagetop