かえるのおじさま
「カエルっ?」

大柄な体躯に見合う大きさで、カエルの頭部がのっかっている。良く見れば掌の皮も両生類特有のぺたりとした質感と暗緑の色味と、指先にはご丁寧に吸盤までついている。

「ひでえな。頭突きを食らわせた上に、カエル呼ばわりかよ」

大きな口の動きに合わせて聞こえた声は、決して若いものではなかった。

「だって、カエル……」

「おいおい、どれだけ世間知らずだよ。やっぱり拐かされて来たのか」

蛙頭の背後からぬっと覗き込んだもう一つの顔に、美也子はさらに肝を潰す。

「カタツムリ!」

二本の角をぬろんと長く突き立てた顔は、少し傾いでから蛙に向けられる。

「失礼な女だな」

「まあ、そういうな。多種族すら見たことが無いほどに醜怪種の街深くで育ったんだろうよ」

「やっぱり、誘拐か?」

「その可能性は高いな。何しろ醜怪種は希少だ」

「おいおい、面倒ごとはゴメンだぞ」

やっぱりこれは夢なのだ。ファンタジーの読みすぎで、無意識に眠る願望がこんな形で現れたのだろう。

(きっと、キスしたら王子様に戻るのね)

頭に大きな二つの目、顔を裂くほどに大きく開く口はどう見ても蛙だし、低くい声から推測するに、年齢だって……

(王子様じゃなくて『おじさま』じゃん)

ぷふっと笑息もらした美也子の顔を蛙頭が覗き込む。飛び出た目玉が怪訝をあらわすようにクルリと動いた。

「何がおかしいんだよ」

「だって、だって……あまりに良くできた夢なんだもの」

「夢じゃないぞ。まあ、夢だと思いたい気持ちは解らなくも無いけどな」

「でもごめんね、どうせならやっぱり、おじさまじゃなくて王子様がいいの」

「何を言ってるんだ?」

「こうやってもう一度寝れば、きっと目が覚めて……」

美也子は勢い良く地面に身を投げる。そこは自分の形に馴染んだ、あのピンクのリネンの中だと信じて。

「おい、危ないぞ!」

蛙の制止も間に合わず、草に隠れていた石にぶつけた美也子の後頭部に間違いようの無い、『現実の』痛みが沁みた。
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