かえるのおじさま
と言うことで旅寝の身となった美也子にとって、異界での敵は『退屈』であった。

がたがたと単調に揺れる狭い馬車の中で、座ったまま転寝をしているギャロに擦り寄る。異界からきたというボロを出さないよう、乗り合わせている者達から会話を隠すためだ。
 
ギャロは瞼を薄く引き下げて美也子の姿を確かめた。

「ああ、よく似合っている」

彼がどこからか調達してきた質素なエプロンドレス。それを着た彼女が異界人だとは誰も思うまい。

浮いているとすれば、彼女だけが『醜怪種』であるということだろうか。若いカタツムリ男、猫頭のセクシーな女、いのしし頭の筋骨隆々たる男、そして恰幅のいい蛙男の中にあっては、白く細い手足はあまりにか弱げだ。
 
その体を抱き寄せてしまいたい衝動を押しのけて、ギャロは寄りかかった彼女の重みを軽く支えるのみに留まった。

「どうした」

「街にはまだ着かないの?」

「あと二日ほどで着くさ」

「二日も!」

単調なリズムに黙々と揺すられるだけの日が続くというのか。

「まあ、街に着いちまえば祭りだ。楽しめるだろう」

彼らは旅芸人の一座だ。祭りから祭りへと流れる旅を暮らしとしている。
今回も次の興行先であるセーブターの町へ向かう道途であった。

「それに、自分の食い扶持ぐらいは稼いでもらわなきゃならん。まあ、醜怪種の女なんて滅多に見ないからな。いい見世物になるさ」

「見世物……」

例え好奇の視線に晒される卑しい仕事だとしても、甘んじなくてはならないだろう。ここで糊口をしのぐ術など他に持ち合わせてはいないのだから。

「でも、そこから一発逆転、玉の輿っていうのもありね」

「あんたは存外にたくましいな」

傍らに置いた道具箱を引き寄せながら、ギャロが大きな口を開けて笑う。
美也子は少しおどけて、大げさなふくれっつらを作って見せた。

「だって、せっかくファンタジーの世界に来たんだもん。物語みたいな恋を夢見るぐらいいいじゃない」

「そういえば物語を読むのが好きだと言っていたな。街に着いたら、書店へ連れて行ってやろう」

言いながら、道具箱から取り出す掌ほどの木片と小刀。ギャロの大きな手は小気味よい音を立てて木片を削り始める。

「何を作っているの」

「俺は的屋組なんでな。賞品だ」

あごで示された道具箱を覗き込めば、作りかけの独楽やら竹とんぼ、木彫りの小像など、子供の喜びそうな細工がごちゃりと詰まっていた。
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