あの日まではただの可愛い女《ひと》。
「え? 桜さんがオンラインゲーム《DDO》やめた理由《わけ》? 何で今頃そんなこと聞くわけさ?」
「こないだ一緒に帰ったときに、ふと聞いたら、桜さん珍しくちょっと言葉濁してたから気になってさ」

 われながら若干苦しいか?とか思いつつ、葵はそこそこ酔っ払いだしている七海に畳み掛けた。桜との付き合いにしばらく夢中になっていたが、桜が堕ちてくる気配がなく、やはり七海に話を聞きだそうと思って誘い出すことにした。
 いろいろ誘い出す理由を考えてみたが、どれもなんとなくうまくなくて素直に飲もうよと、誘い出した。なので、自分でも取っ掛かりからして、まずいなぁとは思っていた。

「うーーーーーん。桜さんが言葉濁したんだよね?」
「そだねー」
「じゃーいいじゃん。そんなの聞かなくても、話したきゃ本人が話すでしょ?」

 あーやっぱりな。七海はそういうところ律儀だよな、と葵は思った。
 ふわふわな茶髪の長い髪を揺らして、ゴスロリが少し入ったファッションで、ゆるふわな雰囲気だが、中身はかなりかっちりしている。でないと、20代で人気ブランドのフラッグショップの店長代理とか任されないであろう。何でこの女がオンラインゲームなんかに手を出していたのかが謎だが、実際的にしつこく桜になついていた七海がいなければ、桜と会うことがなかったはずだ。

 七海はカシスオレンジのグラスをくいっと一気飲みし、こんなにゆるい酒じゃだめだわとつぶやいてウォッカトニックを注文してから、葵に鋭い視線を向けた。

「そんなことより、アンタ、桜さんになんかしたんじゃないでしょーネ?」
「は?」

 そこは葵も鉄面皮然としてきれいにぼけた。尻尾はまだ捕まれていないと思ったが、何か確証でもつかまれたのか。いややっぱりここは漏れるとしたら、桜からであろうと、葵は思った。

 ――あの人の脇の甘さはある意味、神だよな。

 自分が彼女をお持ち帰りしたりしていることを思い起こして、葵は少しため息が漏れそうになる。

「最近なんかよく会ってる風味ジャン?」
「まぁ近所だしね」

 たぶんこれは確証までは至ってないな、と瞬時に判断する。
 酔わせて潰せば、たぶんごまかせるであろう。

「はー? てか、この3年間近所に住んでたのに、そんなに会ったりしてなかったじゃん。何でいまさら?」
「こないだ会ったときに意外と近所に住んでるけど、寄生虫博物館とか行かないね~って話になって、そっからたまに会ったりしてるだけだろうが!」

 とりあえず、先日二人でデートした本当にあったことを交えながら、葵は虚実取り混ぜた言い訳という名の嘘を構築する。

「アンタっ。そんなところに桜さん連れてったの!?」

 デートで寄生虫!ありえねえっとばかりに柳眉を吊り上げてにらんでくる。
 いやいや、行きたいっていったの桜さんのほうだよ!とか思ったが、そんなことでごまかされるわけにもいかないので、何とか話を元に戻すように葵は重ねた。

「まぁ。結構そんな感じで会いだして、たまにお酒飲んだりとかさ、してるわけデスヨ」
「ふたりで?」
「近所だからね」

 むむむむ、とまだ七海はにらんでいたが、葵はしれっと見つめ返した。付き合いが長いので嘘かどうかを七海が疑っているのは織り込み済みだ。
 まるっきり傍目では、雰囲気のいいカップルがじゃれた喧嘩をしているようであるが当人たちは結構真剣勝負である。これでは、話が進まない。しょうがないのでもう少し踏み込んだ会話をすることに葵は決めた。

「それでいろいろ話してて、結構あの人、恋愛音痴って言うか、自己評価低いじゃん? そういうことに気がついてさ、なんでかなーと」
「あー! そうなんだよね。桜さんてなんかそう言う自信のないところあるよね」
「元々?」
「んんん。元々って言うのかな。出会ったときには、すでにちょっとそういうところ確かにあったけどさ…」
「ふむ」

 ということは、5年前のことはあんまり七海は知らないのかもしれない、と葵は考えた。

「まー。桜さんが話してないなら、詳しい話はできないけど、引退のときにイロイロあったはあったよ」
「イロイロ?」
「う…ん。まぁ根っこは一つなんだけど、桜さん、あるプレイヤーにすごいいじめられちゃってさ。ゲーム上のことだし、大したことないって本人は強がってたけど」
「いじめ!?」
「そうねー。いじめって言うしか言いようがないや。あたし日本語へただから…」
「それって恋愛がらみ?」

 犬が何かに気がついたときのように、七海が顔を上げた。

「あー。そうなんだ、恋愛がらみなんだ」

 ちょっと遠い目で葵はつぶやいてしまった。オンラインゲームで恋愛とか桜にしてはあまり想像できないパターンだ。ってことは結構のめりこんでたってことなのか?と勝手に想像して落ち込んだ。

「やっ。ちょっとそうだけど、違くて! 桜さんは巻き込まれて結果として、ひどい目にあっただけというか!」
「巻き込まれて、ひどい目……」
「あの人、無邪気に無頓着だからさー。うらみ買うときはうらみ買っちゃうんだよね」
「確かに。危なっかしい人だよな」
「戦闘の時と一緒だよ。何の躊躇もなく桜さんって突っ込んでいくじゃん? 人間関係にしても同じようにやっちゃうからねぇ…」

 よく考えれば、大体ゲーム上で惚れたの腫れたのなんて事が起こること自体、桜は理解できなかったであろう。ただ、そういうものが存在することは諾々と受け入れそうだが、あくまでそこは自分とは関係ない事柄としてしか認識できない姿は想像に難くないと、葵は考えた。
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