溺愛マイヒーロー
お互いが何も言わない、数秒間の、静寂の後。

沈黙を破ったのは、いつもと変わらないトーンの、彼の声だった。



「──やめろよ、汐谷。……おまえみたいなのが彼女とか、面倒くさすぎる」

「うーわー言ったよこの人ー」



思わずあたしは、ぷはっと吹き出して。

あまりにストレートかつ失礼な物言いに、口ではショックを受けたような演技をしつつも……顔には自然と、笑みが浮かぶ。

……そう、あたしもやっぱり、悠介じゃないとだめなんだ。

それを、辻くんもわかってるから。だからこんなふうに、言ってくれる。



「おら、バカなこと言ってる暇あったら、とっとと帰るぞ。俺鍵返してくっから、先に校門行ってろよ」

「あはは、ハイハイ」



笑いながら彼の後ろ姿を見送り、あたしは荷物を持って校門へと向かった。


──そこにはすでに先客がいることも、知らないまま。
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