花は花に。鳥は鳥に。
真冬のビール
「うまく言えないんだけど、ほら、なんとなく……解かって?」
 上目使いで平井君を見ると、なんとも言えない複雑そうな顔でこっちを見ていた。
 きっと、伝わってない。

 もっと巧く話せたらよかったのに。
 けれど、なぜだろう。だんだんと、わたし自身の心は穏やかになっていくようだった。
 言うべき相手が違ってるのに、バカだ、わたし。
 この人に許しの言葉を求めたって仕方ないのに。
 欲しいのは、紗枝からの言葉だ。
 紗枝に、許すと言ってもらいたいんだ。
 以前のように笑いかけてくれたら……。

「俺のことより、なんか遙香さんの方が参ってはるみたいに見えるんですけど……、大丈夫なんですか?」
「え、わたしは……なにもないよ?」
 思わず吐いた嘘。
 きっとこれもバレてる。平井君は疑わしそうな目でわたしの顔色を窺っていた。
 笑顔で誤魔化そうとしたわたしに、平井君は先に笑顔を向けた。

「ズルいですやん、俺ばっかり話して。聞かせて下さいや。せっかく知り合えたんやし、さっき言わはったやないですか、人に話したら楽になるて。」
 ぐらりとするくらい優しい笑みで、そんな風に言うから、つい口が滑ってしまいそうになった。
「俺も、なんやほんまに気が楽になりました。せやから、お互い、楽になったらええんとちゃいます?」
 いきずりの相手に懺悔を聞いてもらえたら。
 そんな誘惑に心が揺れた。

「おじさん、ビールおかわりちょうだい!」
 断ち切るように、カウンターの中の気難しい顔に叫んでいた。
 ちらりと横目を向けると、平井君は肩をすくめて苦笑を浮かべていた。
「ごめん、もう一杯飲んでから、決めさせて。」
 わたしは彼に拝むように手を合わせた。
 酒のせいにしてしまえばいいと、心の隅っこが囁いていた。

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