花は花に。鳥は鳥に。
 溢れそうなビールの泡をよけて、冷えた液体を口の中へと誘導する。
 真冬にビール。
 ぽかぽか、ちょっと暑いくらいに暖房が利いた室内で呑むビールは、プチリッチな味がする。
 おつまみにアイスクリームを舐めてみたい気分だ。
「うん。なんだか、贅沢。」
 グラスをチビチビやりながら一人ごちる。
「腹ん中が冷えたままやと帰りがつろうなります、ここらであったまる料理でも頼みましょか。」
「おまかせでよろしく~、」
 我ながら、ずいぶん遠慮がない物言いだわ。
 平井君もどうやら人を調子付かせてしまう性質のようだった。まるで古くからの友人のように、打ち解けた空気の中でわたしはくつろいでいる。

「ソースカツ、どないでした?」
 彼のお勧めナンバー1なのだろう、探るように落とした声音がちょっと遠慮気味だ。
 不安げな彼を悦ばせたくなって、わたしは大袈裟なくらいに褒めた。
「すごく美味しかった! 後でお土産に注文して帰ろうと思ってるくらい。」
 母のご機嫌取りには満点の合格だから。
 途端に彼の目が輝いた。すかさず釘打ち。
「それは自分で買うからね。これ以上の分を甘えちゃ、さすがに気が引けるわ。」
「遠慮せんでもええのに……、」
 苦笑で平井君が答える。そうそう先回りばかりはされてませんって。

 ソースカツはその名の通りの一品だった。
 からりと揚げられたひと口大のトンカツを、ソースにどぼんと突っ込んだような、真っ黒に染まって汁もしたたりそうなカツだ。
 衣が台無しになったんじゃないかと思わず心配になったほど。
 けれど、口にしてみれば解かる。べしゃっ、とも、カリッ、ともしていない中間の歯応えが癖になる。
 甘辛いタレがじゅわっと広がって、こんなの初めてかも知れないと思った。
 食べる前と、食べた後。
 いかにも真っ黒でちょっとなぁなんて思っていた見た目すら、とても美味しそうな艶に化けた。
 シンプルなんだけど、絶妙の味付け。ちょっとやそっとじゃ真似の出来ない美味しさだった。

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