花は花に。鳥は鳥に。
 露天風呂は、雪景色だった。

 ちらちらと降りだしていた雪が、庭樹の葉や石塀の上に僅かながらでも積もっていて、さすがに地面は積もっていなかったけれど、うっすらとした雪景色はわたしたち母娘を満足させてくれた。

 温泉から沸き出る湯煙なのか、わたしの吐く白い息なのか、ほのかに立ち上る湯気が蜃気楼のようだ。

「冬はやっぱり温泉だねぇ、遙香。」

「カニも美味しいしね、」

 母に答えながら、すでに来年の計画を立てていた。

 城崎だけでなく、近畿一円は温泉地が多いのだから、あちこち行ってみたいと思った。


 露天風呂も満喫し、湯冷めしないうちにとホテルへ急いで戻る。

「お母さん、わたし外のバーに出掛けてくるけど、一緒に行く?」

「やぁよ。母さん、お酒に弱いの知ってるでしょ。」

 知ってます。

 お義理で誘った母は、やはり部屋で留守番をしていると言って断り、わたしは一人でホテルを出ることになった。

 着替えをしているわたしを母は心配げに見遣っている。

「あんまり遅くならないようにね、夜道には気を付けるんだよ。」

「もー。東京の裏道とは違うのよ、安全に決まってるでしょ。」

 奥まった裏町へ入り込めばどちらも同じかも知れないが、少なくとも夜の危険さは東京の場合、格が違う。

「お金はちゃんと持ってる? いざという時の身分証は?

 あっ、ハンカチはちゃんと新しい?」

「子供じゃないってば!」

 煩い母の声を掻い潜り、わたしは慌てて上着を羽織って、逃げ出すように部屋を後にした。

「遅くならないうちに、帰るのよ!」

 心配性な母の声が、ドアを閉じる瞬間まで追いかけてきていた。


 時計をみるのを忘れたと、部屋を出てから気付いた。

 携帯をバッグから取り出すと、パネルが明るく光る。八時だった。

 あまり遅い時間ならホテル内で済ませようかと思っていたので、ほっとした。

 宵の口だ、この時間ならそんなに危険ということもないだろう。

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