花は花に。鳥は鳥に。
 店の中も、明るくてモダンだった。

 東京あたりのお店みたいで、わたし独りならきっとスルーした。

「いらっしゃいませー、」

 女子高生らしいバイト店員が明るく声を上げる。

 何屋さんなんだろう、居酒屋じゃないけれど喫茶店でもない。

 カラオケの機械がこれ見よがしに鎮座していた。

 隅の席に座り、メニューを広げて結論を出す。

 ここは、珈琲とケーキを食べながらカラオケも歌えるお店。

 お酒もあるみたいだった。

「ここは地元の穴場みたいな店ですねん。

 観光客にはなんでか人気がないんですけどね。」

 こっそりと平井君が耳打ちして教えてくれた。


「いらっしゃいませー、」

 注文の珈琲が来たくらいのタイミングで、またバイト店員が来客に挨拶する声が聞こえた。

 振り返った平井君が、わたしの隣で緊張した。

 わたしは振り返らないままでも、例のカノジョが来たことを察知出来た。


「誠斗、」

 声が、弾んでいた。

「あっ、」

 次に、少し沈みこんだ。

 振り向いたわたしの目に、Aラインコートの淡いピンクの色が飛び込んだ。

 ふわりとした髪型で、気弱そうな表情をした平井君の元カノが彼の傍に立っていた。

 視線がぶつかって。

 彼女は何か言おうとしたかもしれない。


「この人な、俺が、今付きおうてる女性やねん。」

 間髪入れずで、平井君は宣告した。最初から狙い澄ましていたみたいだ。

 カノジョはショックを受けた顔を、露骨に表した。

 平井君は、気付かなかったフリで続けた。

「ちょっと挨拶だけでもって、聞かへんねん。

 都合悪いんやったらすぐ帰らすから、ごめんな。」

 わたしは空気を読んで、ぺこりと頭を下げた。

 穏やかな、けれど断固とした拒絶。

 それを表わすために、わたしという絶対的な存在が必要だったんだ。

 口先だけでは希望を抱かせてしまう。

 実物を見れば、嫌でも事情は呑み込める。

 このカノジョなら、確かにモメることはなさそうだった。


「メールじゃ何やよう解からんかったし、じっくり話した方がええかと思って。

 急に呼び出してごめんな。」

 平井君は淀みなく、元カノの前でも何も変わらない口調で話をした。

 なんて男らしいんだろう、なんて。感心してしまった。

 彼女はしどろもどろでも、なんとか笑顔を作った。痛々しさが滲んでいた。

 期待するところがあったんだ。

 もしかしたら、なんて思ったんだ。

「そっか、そうやんな、もう一年以上も経つんやもん、カノジョくらいいてるわな……、」

 下を向いて、彼女は振り切ろうとするように、そう呟いた。

 俯いた元カノの言葉を、平井君は彼女以上に傷付いた表情で受け止めたことを、きっと彼女は知らない。

< 95 / 120 >

この作品をシェア

pagetop