社内恋愛のススメ



整い過ぎたその笑顔が怖い。

美しいのに、何故か怖いと感じてしまう。


その笑顔の裏に、隠しきれない狂気が見えているから。

桜の様に咲き誇る可憐な微笑みの向こう側に、狂おしいほどの愛しさがある。



文香さんの本気。


上条さんに対しての文香さんの想いは、軽いものではない。

そのことを改めて知る。



「そのファックスがばらまかれたら、会社はどうなるのかしらね?」

「………っ。」


ファックスに散りばめられた言葉と似た言葉が、文香さんのピンク色の唇から紡がれる。

その言葉が、あのファックスの送り主を告げていた。



まだ誰も見ていないはずのファックス。

部長ですら見ていないファックスに書かれた文言を、目の前の彼女が知っている。


部外者である、彼女が。



脅迫紛いのファックスを送り付けたのは、彼女。

今、目の前にいる文香さんなのだと。


あのファックスがばらまかれたら、どうなるか。

そんなの、入社したばかりの新人だって分かる。



社内だけなら、まだいい。

噂が広がるだけだから。


それで仕事がやりにくくなることはあっても、実害はさほどないとも言える。



しかし、社内だけではなかったらーー……


社外にまで広められてしまったら、もうおしまいだ。



上条さんも私も、一般人だ。

マスコミなんかに面白おかしく書かれることはないけれど、取引先には確実に影響が出る。


信用がなくなる。

上条さんが積み上げてきた信用が、失われてしまう。


私が関わるそう多くはないプロジェクトにも、少なからず影響が出る。



守ろうとしたものが、壊れていく。

私の手に残っていた少ない砂が、奪われていく。


サラサラと、音を立てて消えていく。



彼女によって。


私から上条さんを奪った張本人である、文香さんの手によって。



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