社内恋愛のススメ



「有沢、人事部がお前を呼んでいる。」

「え?人事部って………。」


部長の口から飛び出す、人事部という単語。


私には無縁だったその単語が、今の私には思い当たる節があるからなのか。

人事部という言葉に反応した私に、部長がこう言う。



「会社に送り付けられたファックスのことで、お前に話があるそうだ。」


切羽詰まった表情の部長。

部長に額に滲む汗。


部長がこんな顔をしてるのは、よほど差し迫ったピンチが傍にある時だけだ。

もう何年も、部長の下で働いてきたから分かること。



部長の手招きが、私を誘う。

部長の焦った顔を見た瞬間、私の背中をスーッと冷たい汗が流れていった。



(あの人は、文香さんは………まさか。)


予想してなかった訳じゃない。

予想していたけれど、そうあって欲しくないと願っていたこと。


きっと、そう。

そうに違いない。


手に握ったファックスが、虚しく音を立てる。



私の手の中だけで握り潰したって、何の意味もなかったんだ。


あんな脅迫紛いのファックス、うちの部署だけを狙って送っても、大した効果はない。

せいぜい、噂話が広がるだけ。


そのファックスを手にした人が無視してしまえば、その話さえ広まりもしない。



たくさんの人の目に触れなければ、文香さんのファックスは大きな力となって彼女の思いを果たせない。


企画部だけでは足りない。

もっともっとたくさんの人の目に、あのファックスを。



あのファックスが流されたのは、うちの部署だけではなかったのだ。


きっと、他の部署にも。

私の予想が違っていなければ、社内全ての部署に送り付けられているはず。



それだけなら、まだいい。

もしかしたら、社外にまで広がっているかもしれないのだ。


考えるだけでも、恐ろしい。



ご丁寧にも、彼女はそこまで調べ上げていた。

そして、実行した。


私を貶める作戦を。

夫を窮地に追い込む作戦を。



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