溺れる月
僕は、口を開けなかった。

いや、開けたとして言葉が出てこなかっただろう。


確かに、僕が、宗太が自殺未遂したことを、


ずっと抱えている様に、


雫もきっと何かしら、彼女を追いこみ、


彼女の身体を傷付けさせるものがあるんだろうと思っていた。


だけど、彼女の口から語られる言葉は、


あまりにも僕の現実とはかけ離れていた。


「ママがね、あたしをパパとおばあちゃんのところに預けて、


どこか行っちゃったのがもう十年も前。」



 僕は、自分の両親が憎いと思ったことは一度も無い。



親の愛というのを人並みに感じたこともある。


善良な両親と暮らした時間は、窮屈だったけれど、


確かに幸せだった。


だからこそ、僕は苦しかったのだ。


正しく生きられない自分に。


一人で歩けない自分に。


苦しかった。



「ママが、あたしを産んだのが一六の時。


あたし、こわいの。ママみたいになるのが。


だからそうなる前に。

あたしはママみたいな大人になる前に。


ママみたいな女になる前に、自分からさよならするの。

この世界に。」


そう言った、彼女の瞳の色はあまりにも暗く、


僕は少し恐ろしかった。


 僕は、あや子叔母さんのことを思い出した。


あんなに子供を望んでいる人もいるのに。


この世界は不条理だ。
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