冬の幻
赤い季節
「うー寒ぃ…」
季節は冬。
街は色とりどりのイルミネーションで飾られてる。
雪が舞落ちていく有り様をみてホワイトクリスマスだなぁ…なんて思ったり。
そんな俺も来年で36。
嫁と結婚して早12年が過ぎようとしている。
恋人たちがいちゃつく街中、俺は完全にシカトこいて一人ショッピングウィンドウに目を向けていた。
「へぇー、こういうのが流行りなのか」
顔の無いマネキンが着ていた服は雪や冬にちなんでか白を基調とした真っ白いドレスだった。
「あいつは、こういうの似合わねぇからな…」
何かに言い訳するようにそう呟いた。
つか、ドレス姿を見たことねぇな。
式もまともにあげてねぇし…。
「あ、やべぇ…早く行かねぇと」
腕時計は10時を示していた。
待ち合わせの時間は確か10時半だったはずだ。
早く用事を済ませなければ…。

「…遅せぇ」
只今の時刻は11時ちょっと。
店内にかかっている軽やかなクラシックがトントンと机を叩く音と混ざりあう。
大人になっても机を叩いてしまうのは何故だろうか…。
言うならば貧乏揺すりと同じ類い。
癖だな、こりゃ…。
「~っ、夏彦ごめん、お待たせっ」
ハァハァと息を切らしながら真っ正面の席に座る。
綺麗な黒髪は静電気のせいか跳ねていた。
髪が乱れまくっていますよ、お嬢さん。
「30分遅刻」
「道が混んでてさ…」
黒いスーツを着た小学生…もとい、俺の嫁→菜乃。
身長が低いため頑張ってヒールを履いているが、それが余計に仮装パーティーに見えてしまう。
これ、周りからどう見られているんだろ…。
援助交際とかに見えてたりして。
人間、意識しちゃうと本気にしてしまうから不思議だよな。
「…はむっ」
俺の心配を他所にデザートのプリンを食べている。
「おいちー♪」
つか、あなた今年でいくつになりましたっけ?
俺の記憶が正しければ30代後半のはずですが?
「じゃ、行くか」
よいしょ。
もう年かな、いちいち『よいしょ』って思わないと立ち上がれなくなるとは…。
「ふぇ?どこに?」

きょとん?

多分こういう顔の時に出る効果音なんだろうな。
「思い出の場所」
そぅ、思い出の…

「…懐かしいね」
桜の木が並ぶ並木道。
思い出の場所…。
俺と菜乃が初めて出会った場所。
菜乃が俺を好きになってくれた場所。
そして、俺が菜乃にプロポーズした場所。
「あぁ、懐かしいな…」
沢山の想いと思い出。
「来年も来られるといいね」
「どういう意味だよ、それ」
「もしかしたら、子供出来て来れないかもしれないじゃん?」
「いや、子供出来ても来る」
「えー、何それ?」
きゃっきゃっ笑う。
俺は本気なんだどなぁ…。
全く仕方ない嫁さんだ。
「ねぇ…」

「この先もずっと一緒にいてね」

確かにそう聞こえた。
昔とちっとも変わらない笑顔を向けながら…宙に舞った。
いつもそう神様は突然大切な人を連れ去っていく。
まるで風に吹かれて飛んでいく花びらのように…。

…ぐしゃ。

一拍遅れて聞こえる音。
白い世界に赤が混じる…。
すぐ脇には木にぶつかってへじゃげた車。

そして…

変わり果てた菜乃。
俺の大切な人。

一瞬だった。
まるで映画のワンシーンを見ているようだ。
なんだ…これ…。
菜乃が血まみれになって倒れている…?
あぁ…そっか…夢か…。
遠くでサイレンの音が聞こえる。
沢山の人々が目の前を行き交う。
色の無い世界で鮮明に見える赤。
そんな風に菜乃に触れるな…。
そんな風に菜乃を見るな…。
嫌な夢だな、早く覚めろよ…。

「…桜?」
違う…雪か…。
違う…雪はもうやんでいる。
あぁ、そっか泣いているのか…。

「ご臨終です」

医師の言った言葉がわからない…。
いや…理解したくない…。

桜が咲き始めた4月の始め。
泣いていた君と出会った。

『大人になったらお嫁さんにしてくれる?』

『再開したらな』

桜舞散る季節。
友達に連れられた花見で君と出会った。

『あの、あのね…』

『私と…』

『私と付き合ってほしいの』

満開の桜の木下で君にプロポーズした。

『お前が転んでも俺がいる限り何度でも手を差し伸べてやる。だから一生俺の後に着いて来いっ』

『約束だよっ、破ったら針千本なんだからねっ!』

そして…
結婚して12年目のクリスマス。

『ねぇ…』

『この先もずっと一緒にいてね』

目を閉じるとあの頃の菜乃が見える。
変わらない笑顔で…。
悪戯ばかりして俺を困らせる無邪気な菜乃。
小さくて迷子になりやすい菜乃。
すぐ泣くし、すぐ怒る可愛い菜乃…。
ちょっと照れながら『愛してるよ』って言う菜乃…。

愛しい俺の嫁…菜乃…。

「…菜乃…菜乃…」
空が黒い。
「どこにいるんだよ…早く帰ってこいよ、菜乃…」
ポツポツと、雨が降ってきた。
「…雨」
頬を雫が伝う。
雨?違う…あぁ、涙か…。

『ほら』
綺麗に梱包された袋を渡す。
『…開けていいの?』
『あぁ』
『…わぁ…』
中から表れたのは真っ白なドレス。
『凄く綺麗…夏彦、ありがと…』
顔を赤らめながら呟く。
『大切にするねっ、夏彦大好きっ』

『綺麗だな…』
『え?本当っ?』
真っ白なドレスを着ている。
『あぁ…ドレスが』
『…むぅ』
頬が膨れる。
『あはは、冗談だって。綺麗だよ、菜乃』
『当たり前っ』
にかって笑って抱きつく。
本当に綺麗な俺のお嫁さん。
『夏彦っ』
『うん?』
『愛してるよっ』
全く菜乃には敵わないな…。
『…俺も、愛してる』

そんな幸せだったはずの未来が…。
今はもう見えない。
ただ…。

紅い雪の上に雪が…。

白い桜が…。

舞散る…。

君が死んだことを理解できないまま…。
今年もまた桜が咲く。
来年も再来年も…。
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