彼岸桜


春らしい桜色の帯揚を締めてふさわしいなと思う時季は、春ではなく、もちろん真冬でもなく、冬が後姿を向けて立ち去り、だれもいなくなった場所に春の明るい光がスポットライトのように差すような季節だ。そろそろあちこちに河津桜のニュースが聞こえ始める。

彼岸の入りに仏花を携えて菩提寺へ向かった。お稽古帰りの着物は地味な灰色の小紋で、春を待ち遠しく思う帯揚げは春を迎えようとする光の中で幾分白く、ちょうど咲き始めた菩提寺の彼岸桜の花びらと同じ色なのではないか。今年もこの時期にその名前の通りに咲く。

境内への木造の門を斜に跨いで水汲み場へ続く石畳の方へ歩き、中ほどで少し立ち止まって本殿に向かって会釈をする。その時、寺務所側から本殿の方へ歩み出てきた男性がこちらに向かってつられた様に会釈をした。煙草をのむ人の多くがそうであるように、寺務所で何か終えたのだろう、一区切り終えた句読点を打つようにもぞもぞとツイードのジャケットのポケットからタバコを出しながら歩いていた。

石畳の方へ折れて、重くならないほどの水を桶に汲むと、着物に水滴がつかないように少し身体から離して石畳の道を戻った。墓所の入り口の少し手前にある東屋で先ほどの男性が本殿を見つめながら一服しているのが見えた。
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