ボレロ - 第二楽章 -

13. con moto コン モート (動きを持って)



動き出した機体は轟音とともに加速し、瞬く間に地上を離れた。

シートに体を沈めオットマンに足を乗せると、それまでの緊張がほぐれ、狭い

ながらも快適な空間に、疲れた体が癒される。



「このシートは快適ですね。

浜尾さんにはあんなこと言いましたけど、いやぁ、いいですよ」


「そうだな。快適な旅になりそうだ」



”ファーストクラスをご用意いたしております” 

浜尾君の言葉を聞いたときは、二人で顔を見合わせ驚き耳を疑った。

私も平岡も、社内規定でビジネスクラスの利用が許されている。

今回の出張もビジネスクラスで充分だと言ったのだが、手配済みですのでと、

こともなげに言われてしまった。



「ドバイ経由でしたら、こちらの航空会社のサービスに間違いはございません」


「それはありがたいが、なにもファーストクラスじゃなくてもいいじゃないか。

社内規定に反することにもなる」


「そうだよ。副社長ならわかるが、役員でもない僕もというのは、

なにかと都合が悪い」


「差額分は副社長と平岡室長へ、個人的に請求させていただきます。 

それでしたら問題はございませんね」


「おいおい、それは」


「冗談でございます」


「君の冗談は、本気にしか聞こえないぞ」



浜尾君は優秀な人材だ、いかなるときも冷静に判断し最善の対処をとる。

私のほかに常務のスケジュールも管理しているが、彼女の仕事振りは非の打ち

所がないと、常務に言わしめるほどだ。

それがどうしたことか、今しがたの発言は浜尾君らしからぬもので、平岡も首を

かしげていた。

私がなおも食い下がろうとしたところ、彼女の表情がそれまでの業務上の厳しい

顔から、穏やかなものへと変化した。



「お二人とも、この数日はゆっくりお休みになっていらっしゃらないはずです。

休息も大事なことではございませんか」


「だが、公私の混同は」


「お疲れのままですと、満足な結果は得られないかと。

会社のためにも、お二人には万全の体調で臨んでいただかなくては困ります」


「浜尾君……」



珠貴の件で、私や平岡が奔走していたと知っているはずだが、浜尾君はそれに

ついては何も触れず、あくまでも表向きの理由で話を進めてくる。

いかにも彼女らしい気遣いだった。

霧島君の会社で行われた会合に浜尾君も同席しており、その際見聞きした事柄

から事件のあらましを承知していた。

だからこそ、珠貴が救出され事件が解決したあと、こうして私たちの身を案じて

くれているのだった。




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