ボレロ - 第二楽章 -

15. risoluto リゾルート (きっぱりと)



澄んだ空気の冷たさが身にしみる元旦の朝だった。

『吉祥』 の別邸が山奥であることも影響しているのだろう、今朝はかなりの

冷え込みだったが、それでも外に出てみようと思わせる風情がこの庭には

あった。


自然の様を生かしつつ無駄をそぎ落とす技は、人の手を加え均整の取れた庭を

目指す西洋のそれとは異なり、東洋の美意識が生み出したものだ。

『真似も大事だが独自性を忘れるな』 とは、この場所で一族そろって新年を

迎えることを決めた曽祖父の言葉で、今では社訓のように語り継がれている。

庭の風情を例えに、欧米諸国を習うばかりでは発展がないと常々語っていたそ

うで、古い体制が残っていた我が社の事業に大鉈を振るった人らしい言葉だ。

別邸の庭を眺めるたびに、この庭を愛した皺の刻まれた曽祖父の顔を思い出す

のだった。


『必ず道はある とにかく進め 止まったらそこでおしまいだ

迷ったら自分に聞け 答えはかならずお前の中にある』


昔、この庭で聞いた曽祖父の言葉を一言一句覚えている自分にも驚くが、まだ

言葉もおぼつかない幼い我々に、よくもこんな教えを叩き込んだものだと感心

する。

曽祖父が他界したのは5歳のときだと記憶しているから、話を聞いたのはそれ

より前ということになる。

物心ついたときから毎年元旦の朝は庭に連れ出され、私と潤一郎は同じ言葉を

聞かされた。


幼い頃は 『道』 は道としか思えず、歩いたり車で走ったりの普通の道だと

思っていたが、それでも幼いなりに言葉の意味を理解していた。

道に迷っても自分を信じろと教えられていたからだろう、周りの状況を注意深く

観察するクセがついた。

歳を重ねるにつれ 『道』 とは生きる道筋であり、仕事の方向性であると認識

してくると、人生の迷いや仕事の行き詰まりに直面しても、自分の判断力を信じ

てここまで進んできたのだから、曽祖父の言葉の影響たるやたいしたものだ。


迷いはないが、乗り越えがたい障害に出会ったらどうしたらいいのだろうか。

珠貴の顔が脳裏を掠める。

聞きたい相手は遥か空の上の人となった今、自分で道を見出さなくてはなら

ない。

腕を組み、足を大きく開き庭を見据えてみた。

亡き人の格好を真似ることで、何かを見出せるのではないかとの単純な発想

だった。



「じいさんの亡霊かと思ったぞ」


「新年早々亡霊ですか。でも、あの人なら空の上から降りてきそうですね」


「はは……ありうるな」


「そんなに似てますか」



日頃の習慣が抜けず、父には丁寧な受け答えをし、家族と過ごすときでさえ、

社長と副社長の関係をはずすことができない。

母親には気負わず話しかけられるのに、父に向き合うとかしこまった口調に

なっている。

一度、家では普通に話せと言われたことがあった。



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