さよならの魔法



遠くに見えるのは、山。

1500メートルを越えるほどの、県内でも有名な父なる山。


深い緑に燃ゆる山に囲まれ、自然を、大地を肌で感じる。



(あー、平和………だなぁ。)


この町って、ほんとに平和だ。

平和過ぎるから、退屈に思う人間がいるくらい。


警察沙汰になる事件なんて、もう何十年も起きていない。

そもそも、事件が起きる要素がこの町には少ないのだろう。



のどかと、表現すればいいのか。

のんびりと、表現すればいいのか。


この町を流れる時間は、とてもゆっくりだ。

川の流れみたいに、ゆっくりゆっくり時間が流れている気がするんだ。




ひたすら歩いていくと見える、灰色の低い建物の群れ。

その建物の群れが際立って目立って見えるのは、田んぼの真ん中にあるからだろうか。


灰色の低い建物の群れの正体。

それは、この町の役場とその関連施設。


役場になんて入ったことはないから、中がどうなっているのかまでは、俺は知らないが。



建物の群れの1つが、今日の俺の目的地。

この町、唯一の図書館だ。

この場所に図書館があることは知っていても、この場所に足を運んだことは数えるほど。


だからだろうか。

ようやく図書館の前に辿り着いた時、その場所に何故だか違和感を感じていた。





「ん?」


何だろう。

何かが、おかしい気がする。


説明しづらいけど、いつもとは何かが違う気がする。



図書館の建物が変わったのだろうか。


いや、違う。

建物自体は以前に訪れた時と何も変わったところはないし、別段、おかしいところもない。


2階建てのコンクリートの塊は、今日もそこに建っている。



じゃあ、何が違うんだ?

俺は、何に違和感を感じていたんだ?


考えて、気が付いた。




「あ!」


誰か、いる。

誰かが、図書館の前にいる。


人気のない図書館の入り口に、人影が見えたのだ。

固まって動かないその人影に少し近付いて、そして驚く。



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