さよならの魔法



橋野が俺を見ていることに、戸惑いを感じたのだ。

その視線に戸惑っていたのだ。



どうして、そんな目で見るんだ?

どうして、そんな風に俺を見つめるんだ?


まさか、俺のことが好き………とか、じゃないよな。



自意識過剰だな。

間違ってたら、単なる勘違い男だ。

痛いヤツ、決定じゃないか。


だけど、勘違いしたくもなる。



そんな、真剣な眼差しで見つめられたら。

そんな熱い視線を、俺だけに向けられたら。


そう思っても、おかしくないはずだ。

誰だって。



俺が、まだ顔を上げていなかったせいだろう。

参考書に埋もれて、机に突っ伏したままの状態の俺。


机に突っ伏した状態の俺が目覚めているなんて、あっちも思っていない。

だからこそ、無遠慮に視線を投げかけてくる。



参考書の隙間から見える、橋野の顔。

俺のことだけを見つめる、橋野の切なそうな顔。


だからこそ、尚更、顔なんて上げられなかった。




顔を上げて、目が合ったら、どうすればいい?


笑うのか?

素知らぬフリで、勉強に戻れというのか。



そのどちらも、俺はきっと出来やしない。


微笑み返すことも。

言葉をかけることも。


知らないフリも出来ないだろう。







その視線に、どんな意味があるのかは分からない。


俺の予想が当たっているのか。

それとも、外れているのか。


それを知るのは、橋野、本人だけ。



その目が怖いと思った。

何故か、橋野の目が怖かった。


人に好かれるのは、素晴らしいことなのに。

いいことであるはずなのに。


その目の奥に、底知れぬ恐怖が潜んでいる気がしてしまうのだ。

どうしても。





中学3年の夏。

暑い暑い夏の1日。


その視線の意味を知るのは、もっと先のこと。



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