さよならの魔法



理由なんて、簡単だ。


私は会いたくなかった。

誰にも会いたくなんてなかった。


それだけだ。



学校祭に参加したくて、登校したんじゃない。

雰囲気だけでも味わいたくて、ここに隠れているんじゃないのだ。


出席日数を稼ぎたい。

それだけの為に、ここに来ているのだから。



そのことを知っているのは、立花先生くらいなもの。

教室に行きたがらないことも、その理由も立花先生は何となく分かっているのだろう。


立花先生は文句も言わず、嫌な顔もせず、保健室の鍵を開けてくれた。




「先生、すいません。………こんな早い時間に、保健室を開けてもらっちゃって。」

「いいのよ。どうせ、学校祭の日だって、ここを開けなければならないんだから。」

「ごめんなさい………。」

「気にすること、ないのよ。今日も、天宮さんに会えて嬉しいわ。」


ガチャリと音を立てて、保健室のドアが開いていく。



クリーム色のカーテンが揺れる部屋。

淡い色彩に囲われた部屋の、1番奥のスペース。


衝立に守られた、私だけの場所。



保健室とは言っても、防音設備がある訳ではない。

音楽室とは違って、音を遮る壁は薄いのだ。


校内の騒音は、この狭いスペースにも筒抜けだった。



「きゃははは!」

「ちょっと待ってよ!!」

「早くしないと、時間になっちゃうじゃん。」

「この袋、運んでってよー。」



楽しげな声。

廊下を走る足音。


目を閉じても、耳を塞いでも聞こえてくる。



音が、記憶を蘇らせる。


1年前の記憶を。

私がまだ、教室に行っていた頃の記憶を。







去年の今頃。

私が在籍していたのは、2年1組。


紺野くんと同じクラス。

その彼女の増渕さんとも、同じクラスだった。


磯崎さんにいじめられはしていたものの、まだ決定的なことは起こっていなかった頃のこと。



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