さよならの魔法



いつもは男女別で出席番号順に座るのが暗黙の決まりだったけれど、今日だけは特別らしい。


男女入り交じっての、あいうえお順。

天宮という苗字の私は、元から端に近い場所に席が作られるはずだった。


佐藤先生なりの、最初で最後の気遣いなのかもしれない。



席に座る直前、数人離れた席に座る彼の横顔が見えた。





(………、紺野くんだ………。)


ああ、紺野くんだ。

本物の紺野くんだ。


当たり前のことなのに、胸が騒ぐ。



紺野くんは私とは違って、不登校ではなかったはず。

欠席することさえ、少ない生徒だった。


そんな彼が、卒業式を休む訳がない。

体調でも崩さない限り、この場に来るであろうことは分かっていた。



会いたかった。

会えなくて、だけど会いたくて、苦しかった。


あの紺野くんが、近くにいる。

数メートル先に座っているんだ。


それだけで、早鐘を打ち始める胸。

騒ぎ出す心臓。



ドクン。

ドクン、ドクン。


まるで、心臓が別の生き物になってしまったみたい。

私の意思なんてお構いなしに、体内で自由に暴れ回っている。


今まで抑えていた分、その反動も凄まじいものだった。



どうしてだろう。


今でも、こんなにドキドキするのは。

忘れたいと思っているのに、ときめいてしまうのは。



少し癖のある髪。

フワフワの髪は、記憶の中の彼よりも短めに切られている。


真っ黒な学ラン。

鈍く金に光る、並んだボタン。



細い目に、いつもの様な明るい光はない。

太陽の様な明るさは消え、その代わりに真剣な眼差しがそこにある。


ただ真っ直ぐに、前を見つめている。

そんな瞳が、やけに印象的で。



「只今より、平成××年度、卒業式を開始致します。」


体育館に取り付けられたスピーカーから、無機質なアナウンスが聞こえる。


私は機械的なその音声に、耳を澄ませた。



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