さよならの魔法



そんなことをしたって、何の意味もないのに。

頭では理解しているのに、私の中のちっぽけなプライドが邪魔をする。


こんなところで、くだらない見栄を張っている。



見せ付けてやればいいって。

変わったんだって、見せ付けてやれって。


そうでもしないと、平常心を保てなかった。

迫る時間に、気が狂ってしまいそうだった。





焦げ茶色のブーツを履き、灰色のコートを羽織ってから外に出た。


さっきまでは夕焼け色に染まっていた空が、色を変えていく。

夜の闇の色へと、世界が染め上げられていく。


別の世界みたいだ。

先ほどまで身を置いていた場所とは、別の世界の様だと思った。




カツン。

カツン、カツン。


人の気配のない夜道にこだまする、ヒールの音。

ヒールの音と同じ速さで、私の心臓が鼓動を刻む。



夜になれば、閉まってしまう店。

明かりの少ない道。


町を歩けば、全てが懐かしくて涙が出そうになる。



この町に戻ることはないと思っていた。

戻ってくるつもりなんて、これっぽっちもなかった。


捨てたのだ。

私はあの日、この町に別れを告げたのだから。



まさか、こんなに早く、この町に来る日が来るなんて。

戻ってくる理由が出来てしまうなんて。


5年前の私は、考えもしなかっただろう。



つらい思い出ばかりが残る町だけれど、それだけじゃない。


悲しい記憶が眠る町だけど、楽しいことだってあった。


嬉しいと感じる瞬間があった。

笑顔になれた時だって、あったんだ。



胸いっぱいに、故郷の空気を吸い込む。

大地を踏み締める。


いつの間にか、空を覆っていた雪雲は去っていた。

灰色の空は、もうそこにはない。



宿から10分ほど歩いた場所が、ハガキで指定されていた会場だった。










戸の外にまで聞こえてくる、賑やかな声。

ザワザワと、誰かと誰かが会話をする声が耳に届く。



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