さよならの魔法



夢だ。

夢なのだと、そう思い込みたかった。


飲み過ぎたのだ。

調子に乗って飲み過ぎたから、こんなものが見えてしまうのだ。



幻聴だけじゃなく、幻まで見える様になってしまうなんて。

会いたい人の幻まで、この目に映る様になるなんて。


終わってる。

私、終わってる。


フワフワと浮く様な感覚は、きっとアルコールのせい。




(これは、夢………なのかな?)


夢でも構わない。

この目に映るのが幻でも、もう何でもいい。


会いたかった。

私、紺野くんに会いたかったんだ。



遠くから見つめられるだけでも幸せだったのに、紺野くんが私を追いかけてきてくれる。

夢だったとしても、幻だったとしても、その声で私の名前を呼んでくれる。


それだけで、胸がいっぱいになる。

心が満たされていく。



アルコールが見せてくれる幻でもいいよ。

私の願望が作り上げた夢でもいい。


涙が出るほど、嬉しい。


追いかけてもらえたこと。

名前を呼んでもらえたこと。



夢だと思い込もうとしている私を止めたのは、目の前にいるその人だった。



「天宮、大丈夫?もしかして………気分悪い?」


触れられそうなほどの近さで、紺野くんが問いかける。

気遣わしげに、私を見下ろす。


ちょっと手を伸ばせば、触れられる。

幻ではない、生身の彼がそこにいる。


言葉を失ってしまった私は、呆然としていた。




「………。」


私よりも、少しだけ高い背。

店の中にいた時よりも、ずっと近い距離。


紺野くんだ。

本物の紺野くんだ。


嘘でもなくて、幻でもなく、紺野くんが私の前にいる。

私の前に立って、私に話しかけている。



懐かしい痛みが、全身を駆け巡る。

ギュッと縮む心臓が、痛みを感じるほど締め付けていく。


嘘みたいな現実に、心が震えた。



紺野くん。

ああ、紺野くん。


近くにいられなくても、構わなかった。

隣になんて立てなくても、その姿を見ることが出来るだけで良かったのに。



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