さよならの魔法



特別なことなんか、何もない。

深い意味はなかったんだ。


期待なんかしてないよ。



当たり前じゃない。


だって、紺野くんには彼女がいる。

増渕さんという、可愛い彼女がいるのだ。



5年前も、今も変わらない。

変わらず、紺野くんの隣には、私ではない人がいる。


あんなにお似合いの彼女が隣にいるのに、わざわざ私なんかのことを追いかけてきてくれた。



十分じゃないか。

幸せじゃないか。


紺野くんが隣にいてくれる。

何の関わりもなかった私には、それだけで奇跡みたいなことなんだから。



何も望まない。

私は、これ以上………何も望まない。

望んだりしちゃ、いけない。


ただ、伝えるだけだ。






中学生だった頃の私が立っている。


紺色のセーラー服に、真っ白なスカーフを結んで。

校則通りの長いスカートを穿いて。


5年前の私がいる。

あの頃の私が、今の私のことを見ている。



あの頃伝えられなかった気持ちを、今、伝えるんだ。

今の気持ちじゃなくて、あの頃の私が伝えられなかったことを伝える。


今という時を逃したら、きっと言えなくなる。

紺野くんにこの気持ちを伝えることは、出来なくなってしまう気がするのだ。



いじめのこともそうだけれど、私が本当の意味で解き放たれるには必要なこと。

避けては通れない道だ。


恥ずかしくない。

恥ずかしくなんてないよ。



高鳴る鼓動を悟られない様に、深呼吸をする。

深く深く息を吸い込んで、ゆっくりと吸い込んだ息を逃す。


そして、乗っていたブランコを飛び降りて、告げた。




「紺野くん、あのね、私………紺野くんのこと、好きだった。」


本当は、あの日に言うべきだった言葉。


6年前のバレンタインデー。

あの冬の日に、言うはずだった言葉。



もう、あれから6年もの月日が経ってしまった。

多くの時間が流れてしまった。



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