さよならの魔法



生憎の雨。

外に出ることは叶わず、教室に閉じ込められる生徒。


湿っぽい教室にひしめき合うのは、2年1組の生徒だ。

出席番号順に並んで座るクラスメイト達が、若くて綺麗だと評判の美術の先生の声に聞き入る。


実年齢よりもずっと若く見える先生は、私達にこう告げた。



「先週、外に出てスケッチしてもらった風景画があるわよね?今日は、その絵に色を塗って絵を仕上げて下さい。」


先生の言葉に、ふと記憶を巡らせる。




先週の同じ時間。

校庭に出て、みんなでスケッチをした。


そう。

先週はまだ梅雨入りする前で、今日みたいにずっと雨が降っているということもなくて。


やたらと広い敷地の校庭に、みんなが散らばって思い思いの絵を描いたのだ。



ここは、テレビの中みたいな都会なんかじゃない。


山ばっかりの田舎。

灰色の校舎の他には、民家くらいしかない。


遮る物のない、雄大な景色。



わざわざ、出かける必要はないのだ。

外に出るだけで、素晴らしい風景に出会える場所。


それが、私の生まれた町。



記憶のままの絵が、今、目の前にある。


遠く見える山。

青い空。

続いていく、山の稜線。



「………。」


本当は、実物を見て描くのがいい。


本物を目の前で見て、同じ色を塗る。

色を重ねて、より本物に近付けていく。


しかし、この雨では、それが出来ないのが悔しい。



絵を見ているうちに、周りの人間が動き出す。

筆を動かし、パレットには色が溢れる。


私も慌てて、絵の具のチューブを手に取った。



授業とは、基本的に静かなものだ。


紙をめくる音。

鉛筆の音。


それくらいしか聞こえないのが普通なのだけど、美術と体育の授業だけはそういう訳でもない。



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