さよならの魔法



こんなことをされて、何も考えない訳じゃない。



つらいよ。

苦しいよ。

泣きたいよ。


言いたい言葉は、喉の奥に消えていく。

飲み込んで、我慢して、そうするしかこの場を乗り切る術はないって分かっているから。


睨み返すくらいの反抗しか、出来ないのだ。



「ふん………。」


私に睨み付けられた磯崎さんは、不機嫌そうに息を吐く。


自分よりも弱い立場の人間が反抗してくることが、彼女は気に入らないのだろう。

格下だと思っている人間が、自分を睨み付けてくることが許せないだけなのだろうと思う。



どこまで変わらない。

この子は、昔からこういう子だった。


分かってる。

分かってたよ、そんなこと。


磯崎さんを無視して、私は先生にこう告げた。



「先生………、制服が濡れてしまったので、着替えてきてもいいですか?」


私と磯崎さんを遠くから見ているだけだった先生が、私の声にハッとする。


自分は部外者だと思っている先生は、まさか自分に声がかけられるなんて思っていなかったのだ。

石みたいに固まっていた先生が、頬に手を当てて言う。



「あ………っ、ええ、そうね!」


先生の許可さえもらえれば、こんな場所にいつまでもいたくなんかない。


ここは、居心地が悪い。

特に、いじめを受けたばかりの今は。



一瞬だけ、振り返る。

別に、何かを見ようと思って振り返った訳ではない。


ただ、何となくだった。

みんなの様子が気になって、ふと振り返って。



その時、見えてしまったのは。


真っ先に見つけてしまったのは、紺野くんの顔だった。








「………っ。」


い、や………。


嫌だ。

嫌だ。

嫌だ………。



紺野くんにだけは見られたくなかった。

こんな情けない姿の自分を、大好きな人には見て欲しくなかった。



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